自転車徘徊紀行 第13話 秘境が呼んでいる~野付半島~

札幌を起点に北海道内陸部を横断し、標津の町の向こうに真っ青なオホーツク海が見えたとき、不覚にも涙が出そうになった。
それはかつて浜松から中部地方を縦断し、糸魚川へと走りぬけたとき味わった感動と同じだった。
こんな時、自分の考えたプランにいたく満足し、次はどこを走ろうかなどと一瞬考えたりしている。
こんな訳で自転車の旅はなかなか止められない。

翌日、五月晴れの中、野付半島を走った。
野付半島は標津町から根室海峡に28キロメートルほど伸びた砂嘴で、海老の腰の曲がった形や釣針の形を連想させる。

この極めて細長い半島は、狭いところで100メートルに満たない幅であり、ほとんど海抜0mである。
まさに海の中の一本道といった感じだ。
波風の強いときならば、オホーツク海から打ち寄せた大波が道路を乗り越えて、野付湾へと流れ込むのではないだろうか。
冬ならば吹雪の中凄まじい光景が展開されるに違いない。

しかし、この日、風はやや強いものの、海は穏やかであり、野付湾とオホーツク海の波打ち際を左右に見ながら、半島の2/3付近まで通じている車道を快走した。

車道の終点のトドワラはかつてトドマツの森林地帯だったらしい。
海水に浸食され今は見渡す限りの湿原に無数の白骨化した木々が点在している。
その中に木道が敷かれており、ほとんど誰もいない湿原を散策した。
かつて繁栄を誇った大木の群れが今は死に絶え、太古の巨大な爬虫
類の骨格のような残骸をさらしている。

その風景は実に寂しい雰囲気を漂わせており、最果ての地に来たのだという思いを抱かせる。
遠くには知床の山々がまだ真っ白い姿で連なっている。
少し目を転じると、国後島が建物さえ見えそうなくらい近くに浮かんでいる。
外国(その頃はまだソ連邦と呼んでいた)に占拠されている美しい火山の島だ。

都会はすでに初夏とも言ってよい気候だが、この湿原はまだ寒々とした茶色の風景であり誰もいない。
それでも、もう少しすると色とりどりの草花に覆われ、観光客でごった返すのだろう。
それも束の間、冬の訪れとともに、全くの無人の白い原野と化し、木々の残骸達がぞろぞろと亡霊のように歩き回るのではないか、そんな空想をしたくなるような風景なのです。

※昭和から平成のはじめころ、勤務時間に上司の目を盗み、fjニュースグループに投稿した記事を追加修正したものです。

先ほど、ネットでトドワラの記事を見ていたら、白骨林がどんどん風化しており、残り僅かになっているらしい。私が見た当時と比べて、明らかに立ち枯れの木々が激減している。自然の摂理とはいえ、とても寂しい気がした。