自転車徘徊紀行 第25話 高ボッチ高原
春だったか秋だったか思い出せないほど記憶が薄れたが、雪の無い信州の高原だったので、きっと夏の終わり頃か、秋のはじめだったのだと思う。
松本盆地の南部、塩尻市の東に位置する高ボッチ高原の鉢伏山を目指して走った。
信州の高原と言えば、美ヶ原や霧ヶ峰が有名だが、車の多さに閉口した記憶がある。
それらに比べると、高ボッチ高原は地味な印象で、あまり観光客が来ない静かな場所だ。(無責任だが、現在はどうか知らない)
前日、鳥居峠の旧道や奈良井宿等、木曽路の山中を走り、高ボッチ高原の麓の崖の湯温泉の旅館に泊まった。
崖の湯は数件の古い旅館やホテルのある温泉で、塩尻の市街地を見下ろす山の中腹、標高1000mの所にある。
あいにく、うす曇ではっきりと見えなかったが、晴れていたら北アルプスの山々の展望がすばらしいはずだ。
宿泊した旅館は古い三階建てで、かなりの部屋数があり、休日には塩尻や松本から多くの泊り客があると思われたが、平日のためか泊り客は私以外に一組の老夫婦だけのようであった。
また女将さんがとても美人だったので驚いてしまった。
しかしなんて静かな所だろう。
野鳥の声しか聞こえない。
夜は、温泉で疲れた体をほぐし、奈良井で買った地酒を飲みながら早々に眠ってしまった。
高ボッチ高原は美ヶ原や霧が峰高原の観光ルートから、外れているだけに静かな環境が残されている。
崖の湯から高原の上に出ると三叉路になっており、高ボッチ山を経て諏訪の方へ抜けることも出来るが、鉢伏山直下まで林道を走り、少し歩いて登頂することにした。
あとは同じ道を下って安曇野散策をして締めくくるつもりだ。
翌朝起きて、早速外を見ると無常にも霧がすっかり立ち込め視界は50mくらいか。
しかし、霧がはれたらきっといい天気になる気配がする。
朝風呂に入り、朝飯は茶碗五杯くらい食べて、体は絶好調である。
女将さんが心を込めて(たぶん)作ってくれたお弁当を受け取り、高ボッチ高原に向かってスタートした。
ひんやりした落葉松林の登りが続くが、体のほうはやがてヒートアップし、弁当で重くなったリュックが我慢できなくなって、ついにはサドルバッグの上に強引にくくりつけた。
一時間程登りつづけた頃、大分開けた所に出てきた時のことである。
さっと涼風が吹いたかと思うと真っ青な空がのぞき、ぱっーと視界が広がった。
雲が白い大海原のように塩尻や松本の町をすべて覆い隠し、そのかなたに別の陸地のように白銀の北アルプスの山々が現れた。
今まで雲海の中をもがいていた事を知る。久々に鳥肌の立った瞬間だった。
鉢伏山と高ボッチ山との鞍部(標高1600m)、高ボッチ山荘の前まで上り詰めたとき、東や南側の展望が開け、八ヶ岳、霧が峰、蓼科、南アルプス、さらには富士山までもはっきりと臨むことが出来た。
そこから舗装された鉢伏林道が、緩やかなアップダウンを繰り返しながら、草原や低木に覆われた丸っこい鉢伏山直下、標高1850m付近まで伸びている。
眼下に広がる雲海を見ながら走る気分は最高だ。
下界の人はきっと曇り空を仰いでいるに違いない。
なんだかすごく得している気分だ。
林道の終点、鉢伏山荘から明るい登山道を15分程度歩くと、鉢伏山山頂(1928m)だ。ここからは360度の大展望、信州の有名な山がほとんどといってもいいくらい見えるし、諏訪湖や美ヶ原などが声を出したら届きそうなくらい近くに見える。
雲海はいつのまにかすっかり晴れて、松本空港を離陸したジェット機が、安曇野の上空をゆっくり飛んでいくのが見えた。
それは目線より低いところに見えるのが不思議な感じだ。
ひばりのさえずる中、美人の女将さんが作ってくれた弁当を食いながら、ああ来て良かったとしみじみ思ったのでした。
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