自転車徘徊紀行 第19話 風雪流れ旅 敦賀から能登へ(前)

昔から恋に破れた傷心の男や女が旅立つとき、たいていは北の寒い土地だ。
それは演歌の歌詞を見れば明らかだ。
「津軽海峡冬景色」しかり、「悲しみ本線日本海」しかりである。
なぜに北の寒い土地を求めるのか? 恐らくは乱れ苦しむ自分の心と自然の荒々しさを重ねあわせ、自然を擬人化した上で何がしかの慰めを得たいというせっぱ詰まった状況がそうさせるのだろう。

おきまりの40年くらい前の話だが、1月という真冬の季節を選んで北陸の海岸ぞいを走った。
失恋した訳ではなく、ただ真冬の荒々しい日本海を見てみたいという理由からである(わたしはその頃よくもてて失恋には無縁であったと言いたいが、単に女性に縁が無かった)。
もう一つの理由は冬の海の幸をたらふく食べたいとのいやしい願望からだ。

真冬の北陸は雪が沢山積もっている事が多いと思っていたが、その年は暖冬でテレビのニュースや天気予報を見る限りほとんど積雪はなさそうだった。

いでたちはニッカボッカ、山シャツ、ヤッケと、登山するわけでもないのに山用品でかため、白いランドナーにフロントバッグをつけ、衣類が一杯詰まった使い古しの中型ザック。
なんとも野暮ったい感じだが、凄い寒さになることを想定してのことだ。
気分はニヒルな流れ者木枯し紋次郎。
敦賀から走りはじめた。
しかし、午後から走り始めたこともあって、とても穏やかな暖かい日和である。

もう少しで越前岬という所にあるユースホステルで一泊した。
このあたりは越前ガニで有名なだけあって、海岸沿いはゆでられたカニの並ぶ市場がたくさんある。
ユースホステルでも同部屋の人が安いセイコガニ(越前ガニのメス)を沢山買ってきて、ご馳走になったが食べるところが無くて苦労した。
後で調べると卵のところがとてもおいしいので、地元の人はオスよりも好むらしい。
それとは知らず、卵を食べなかったのが悔やまれる。

ここのユースホステルのおじいさんは百年くらい前のものだろうか、巻き物になった恋文を持っていて、宿泊者にいちいち読んで聞かせるという事で有名だった。
何かのドキュメンタリーの本でもこのおじいさんの事に触れられていて結構有名な人らしかった。
そして、おじいさんの話はかなり長いらしい。

自分を含めた3人の宿泊者は皆この事を知っていて、出発の朝、予想通りおじいさんが恋文の巻き物を開きはじめると、他の二人は「もうバスが来るのです」と、そそくさと出ていった。
わたしも便乗して、「今日は走る距離がとても長いのです」とか適当な言い訳をして、早々に失礼したのであった。
その時のおじいさんのさびしそうな顔が今でも浮かび、話を聞かなかったことを少し後悔してる。

そのユースホステルは、確か「越前海岸ユースホステル」だったと思うが、ネットで調べると、既に閉館しているとのこと。

ついでに、Wikipediaに掲載されていた「日本のユースホステル」一覧を少しのぞいてみると閉館したユースホステルがなんと多いことか。
他にも調べてみたが、1970年代前半の全盛期には約590か所のユースホステルがあったのに、現在は約140か所とのこと。
自分が利用したユースホステルで閉館し取り壊されて空き地になっているところがいくつもある。
更にコロナ禍が拍車をかけて、休業しているところも多いようだ。
若者のユースホステル離れは聞いてはいたが、ここまで減ってしまったのかと寂しい気持ちになった。

二十歳頃の内気(笑)な自分が、全く知らない人と抵抗なく話が出来るようになったのは、ユースホステルの旅を通してだったと思うので、今営業しているところは、これからもずっと生き残ってほしいものだ。

※ユースホステルを知らない人が多いと思うので、リンク貼っときます。
日本ユースホステル協会 [公式] (jyh.or.jp)

さて、越前岬には小説家 水上勉氏の文章が書かれた石碑があった。

 旅は孤独を味わわせる。と同時にかみしめる孤独から勇気を培う
 ものだと私はかねがね思うているが、越前岬ほど私に人生を考え
 させた場所はないようである。黒い断崖に風が吹きすさび、その
 丘になぜあのような花が咲くのだろう。きいろい花であった。

 冬の凍て土に花が咲くのだ

越前海岸 出典:国土地理院「自分で作る色別標高図」と地形データを3D化して掲載

わたしはその文章にいたく感動し、実際に可憐なる水仙の姿を見て感動し、金沢を目指してひたすら海岸線を北上していったのである。とはいえ、ペースはといえば、何とも穏やかな海につられて、ひねもすのたりのたりかな・・・であった。

その時、翌日からの荒れ狂う天候を思いもしなかったのである。

<<後編へつづく>>

※昭和から平成のはじめころ、勤務時間に上司の目を盗み、fjニュースグループに投稿した記事に大幅に加筆修正したものです。