自転車徘徊紀行 第21話 上高地は遠かった・・・

雪の斜面が林道を塞いでいる。
ここまで自転車を押したり、時々乗ったりしながら、何とか進んできたが、足を踏み外したら、ずるずると数十メートルの谷底へ滑り落ちそうな光景を前にしばし唖然としている。
「どうしようか?」「落ちても死にはせんじゃろ」などど相棒と話しながら前に進むことにする。

それはすばらしい晴天の続く5月連休だった。(いつものように、40年くらい前の話だ)
私と職場の同僚はチューリップ咲く砺波平野を出発し、白川郷、天生峠、高山、野麦峠、乗鞍高原と走ってきた。
そして、フィナーレは上高地で祝杯を上げる予定なのだ。
天生峠や野麦峠はわずかに雪が残っており、車は未だ開通していない状況だった。
自転車にとっては天国である。
峠付近を少し押しさえすれば、残雪残る山岳風景とのんびりした上り下りを楽しめた。
ここまでのトラブルといえば、天生峠の急な登りでの無理な変速で、チェーンがフロントディレイラーに絡み、ガイド板をひん曲げてしまったことぐらいだ。
当時の普及品、軽合金で出来た青いマークのサンツアーBLだった。
その後一ヶ月位してガイド板は割れてしまった。

大したことではないが、トラブルは、もう一つあった。
野麦の集落でお店を見つけて昼飯を食うつもりが、全く見つからず、このままでは峠を越せないと、民宿に飛び込み、何も無いといわれるところを頼み込んで食事を作ってもらった。
その時のサッポロ一番 塩ラーメンがなんとうまかったことか。

たどりつけなかった上高地

 

上高地乗鞍スーパー林道は白樺峠から乗鞍高原、そして白骨温泉までは路上にはまったく雪は無かった。
白骨温泉から国道158号へ抜ける区間も当然大丈夫とばかり思っていた。
白骨温泉の雑貨屋で杏を砂糖で煮たものを土産のつもりで買った。
これが非常食になってしまうとは思いもしなかった。
通行止めの看板があったが気にしない。
少々の積雪があるが気にしない。
そうしているうちに冒頭の状況に陥ったのであった。
立ち入ってはいけない危険な所に平気で立ち入る、いい加減な行動ばかりしていたものだ。

ころころと小さな石が落ちてくる雪の斜面を何か所か超えていくと、空身でもつらそうな大規模な雪崩跡ともがけ崩れ跡とも区別がつかない場所に出くわす。
もうやめようかと相談するが、引っ込みのつかなくなった大負けのギャンブラー状態で、ついには、フロントバッグ
をはずし、そして車輪まではずし、数度に分けてこの難所をクリアした。
この先、同じような場所が現れないという保証など、全く無いのに。
近くでは1頭のニホンカモシカが、珍しそうにじっとこっちを見ていた。

そのうち、やや見晴らしの良い尾根にでた。
これから下っていく道筋が1キロ位見渡せたが、雪崩の跡がいくつも林道を塞いでいる。
雪道状態になってから、もう3,4時間くらい進んでいる。
引き返すのに同じ時間がかかるとしたら、白骨温泉に戻り着くのは午後6時位か。
距離にすれば、さらに前進して林道を抜けたほうが近いだろう。
しかし、われわれは、杏の非常食も食べ尽くし、体力もそうとう消耗していた。
上高地への未練を残しつつ、撤退を決めたのであった。
松本に着いたのは午後9時か10時くらいではなかったか。

翌日は、風薫る安曇野の山麓道路を散策した。
白く輝く北アルプスの峰々をバックに、ピンクや白の美しい花が咲き誇る果樹園の風景を今でも鮮やかに思い出す。
ピンクの花は桃、白い花はリンゴだったろうか。
前日とは打って変わった穏やかな気分で半日を過ごし、穂高駅から車中の人になりました。