自転車徘徊紀行 第9話 四国山中にて

カッコよく言えば、後ろへ流れ去る風景の速度と自分と外界を隔てる物が無いというのが、旅の道具としての自転車の大きな魅力であると思う。
30年以上前になるが、自転車ならではの思い出がある。

四国は剣山の麓の村だった。
宿を発ってまもない早朝にもかかわらず、既に昼間の暑さを予感させる眩しい日差しが谷間を照らしはじめていた。
ふと腰の曲がったおばあさんが、掃除か何かをしていた。
目があったので会釈をする。(私はひとけの少ない田舎で人に出会った場合、挨拶をするのが常識と考えている)
顔を上げて驚いた。
おばあさんは、私に向かって手を合わせて何やら真剣に拝んでいるではないか。
自転車を止めて理由を聞く訳にもいかず、そのまま通り過ぎた。
ただそれだけだ。

しかし、この光景は、ずっと記憶に残っており、思い出すたび、おばあさんが何を考えて手を合わせていたのか考えてしまうのだ。
私に後光でも差していて、神様に見えたのか、剣山を目指す私の無事を祈ってくれたのか、危害を加える怪しい男に見えたのか。(たすけてくだせえ・・・)
今となっては、たとえTV番組の「探偵ナイトスクープ」に依頼したとしても解決するはずはない。
そういえば、お盆の最中だった。
前夜、飛び込んだ民宿で、「今日はお盆で近所の人たちが集まってうるさいし、あまりおかまいできないが、それでもよければ」と言われながら、無理に泊めてもらったのだったが、宴会に呼んでもらってさんざん酒を頂いた。
もしかして、おばあさんは、私が戦争で死んだおじいさんの若い頃に良く似ていて、現世に現れたと思ったのかも知れない。
なにやらつぶやいていたような気もする。ナムアミダブツ・・・。

※昭和から平成のはじめころ、勤務時間に上司の目を盗み、fjニュースグループに投稿した記事を一部追加修正したものです。