あのスクープはどうなった?(2)

前回、氷川町や宇城市、八代市の東陽町にまたがる地域について、山のピークの配置とエジプトのピラミッドの配置との類似性について述べた。

東陽町は石工の里と言われ、江戸中期から県内を中心に九州各地に多くの石橋をかけた種山石工の集団がいたことで全国的に有名だ。
下の資料には東陽町内の現存する石橋の写真が掲載されている。

東陽町石橋の郷めぐり資料はこちらからご覧いただけます。
(石橋の郷めぐりのPDFへ)

オカルト好きであれば、石工集団といえば、秘密結社である「フリーメイソン(自由な石工)」が頭に浮かぶ。
フリーメイソンの起源はいろいろな説があるようだが、エジプトのピラミッドの建造にかかわった集団がその起源ではないかという説があるようだ。
引き合いに出されるのが、ピラミッドの中に目が描かれているシンボルだ。
これはプロビデンスの目と言われている。


そして、下の東陽町の地形を見て欲しい。
図の中心に描き込んだように、浸食が進んでいるとはいえ、逆三角形の窪地があり、その中に丸い地形がある。
そして、左にも、そのまま小さくしたような地形がある。
(こちらの方は、こじつけと言われてもしかたないくらいに、輪郭がぼやけてはいるが・・・)

 

 

上下逆、上を南方向としてみよう。
これは、1ドル札に描かれたプロビデンスの目のデザインと同じではないか。

 

石工集団が江戸時代に誕生したと言われるが、超古代よりその下地があったのではないだろうか?
以前にも紹介したが、白髪山の麓には、いつから存在するか不明の天然橋がある。
自然に出来たといわれているにもかかわらず、しっかりとアーチ型を描いている。

超古代の石工職人が、手を加えて作ったものという可能性はないだろうか?

そして、ここが自分たちの拠点という意味を込めて、三角盆地のプロビデンスの目をかたどったのではないか?
更に、エジプトのピラミッドの配置に込められた意図と同じ意図をこめて、この地域一帯の山々の配置をかたどっていったのではないか?

地形から想像しただけの、他には何の根拠もない話ではあるが、人類の歴史は一昔前までの常識を覆して、どんどんと過去にさかのぼる発見が行われている。
トンデモ論と言われていることが数年後には常識に変わっていてもおかしくはないと思うのだ。

(おわり)